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協同組合富山問屋センター

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富山問屋センターについて

祭り(稲荷神社祭礼関係)

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祭り

問屋稲荷縁起   初荷祭
 
     
春季大祭   秋季大祭
 

問屋稲荷神社
当問屋センターのほぼ中央部に稲荷神社が鎮座(昭和46年11月建立、境内面積132坪)しています。
当団地は市内で商業卸を営んでる方々が中心になって設置した団地であり、新しい団地においても自分たちの事業がますますの隆盛になることを祈念し、組合が末永く発展続けることを願い、組合員の精神的な統合の象徴として奉られたものであります。

 

建設までの経緯
昭和46年、かねてから話のあった稲荷神社の建立について当時富山中央食品社長の沢田要作氏を中心に話が進められた。
初めに豊栄稲荷神社(富山市)の五十嵐正治宮司に相談し、御分霊は京都伏見稲荷大社からお迎えすることとした。
神殿造営は滑川在住の宮大工3代目長谷川喜十郎(この方は日光東照宮の模型を作り、世界各国の万国博覧会に出品された。)に依頼することとし、造りは春日出店造とした。境内整備は池田造園において成された。
神殿は木曽檜材を使い伏見稲荷大社の境内に多い丹朱塗とし稲荷神社らしい造とした。宮大工棟梁は初代喜十郎の直弟子で杉原吉治である。

 

地鎮祭、神殿祭、遷座祭、慶賀祭までの経緯
創建が決められてから以後、昭和46年10月30日に地鎮祭が行われ、11月2日には伏見稲荷大社からの御分霊を奉戴のため御造営委員長沢田要作氏と五十嵐正治宮司 が、朝京都へ行き伏見稲荷大社で守屋宮司に御分霊を奉戴し午後には帰途についた。車中は五十嵐正治宮司と沢田委員長が交互に奉持してきた。富山駅では理事長以下役職員のお出迎えを受け、一旦御神体を会館の理事長室に奉安した。
その後五十嵐正治宮司の下新社殿修祓の新殿祭が奉仕され、続いて暗夜を雅楽の音も厳かに、御神体を神殿へ奉安する遷座祭が奉仕された。
翌年の11月3日、文化の日午前10時から御鎮座を奉祝する慶賀祭が挙行された。以来、毎年正月には初荷祭、5月には春季大祭、10月には秋季大祭が挙行され組合、組合員各社の商売繁盛と労働安全を祈り交通安全を祈願している。

 

問屋稲荷神社社殿の修繕(平成の大改修)完成に伴う正遷座祭並びにに竣工慶賀祭・春季大祭を挙行

平成20年4月14日(月)、15日(火)の両日にわたり挙行された神事は、重松奉賛会長はじめ組合員、青年部会員など 約50名が出席、新川神社舩木信孝神職のもと滞りなく斎行されました。

 

正遷座祭は、14日(月)午後5時30分より日没を待って斎行、新殿のお清め神事の後、会館を消灯し静寂の中に御神体を御舟代(みこし)にお移した。舩木神職が「遷御」の号令「カケロウ」三声に気を吐き、白装束に身を包んだ青年部(大村、精田、佐々木、宮岸、藤木、中田、川田)に担がれた御舟代は、前後を提灯、威儀物(盾、矛、太刀など)に守られ列を成し団地内に繰り出しました。

 

先導役(黒田)第一提灯(長沼)を頭にした行列は、5箇所の御旅所に立ち寄り商売繁盛、社運隆盛を祈願し団地内を練り歩きました。午後9時には問屋稲荷神社前に到着、全員で「弥栄」の雄叫びを三唱、提灯役(重松、精田、黒田、長沼、佐々木、中田、宮岸、中嶋)に守られ厳かな内に御神体を正殿に安置いたしました。


 

翌日15日(火)は晴天に恵まれ午前10時より竣工慶賀祭・春季大祭を挙行、雅楽の奏でられる中、神事は古式に則り進められ、神職舩木泰子氏による朝日舞が奉納されました。出席者全員が玉串を奉奠、組合・企業繁栄を祈願いたしました。両日に亘り、会員各位、青年部会員の皆様には、多大なるご協力をいただき厚くお礼申し上げます。

 

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